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万博あれこれ
 このはなしのねたをみなさんがお読みになるころには、愛知万博(愛・地球博)が開かれていることでしょう。今回はこの「万博」の雑学を紹介します。

万博ってなあに?

通常わたしたちが「万博」と言っている「国際博覧会」は「国際博覧会条約」という国際条約に基づいて、博覧会事務局(BIE)に登録又は認定されたものです。
この「国際博覧会条約」によれば、国際博覧会とは、・ 「二以上の国が参加した、公衆の教育を主たる目的 とする催しであって、文明の必要とするものに応ず るために人類が利用することのできる手段又は人類 の活動の一若しくは二以上の部門において達成され た進歩若しくはそれらの部門における将来の展望を 示すものをいう」という非常に難しい定義があります。つまり複数の国が参加した教育のための未来志向のイベントということらしいです。
この条約によると「国際博覧会」には、開催する規模が大きく5年に1回しか開催できない「登録博覧会」と、開場規模が25ヘクタール以内で期間も3ヶ月以内に定められている「認定博覧会」の2種類があります。愛知万博はもちろん登録博覧会で、期間は今年の3月25日〜9月25日の185日間、開場は約173ヘクタールにおよびます。

万博の歴史
第1回の国際博覧会はこの条約が締結される80年前の1849年。フランスの首相が提唱しロンドンで開催されました。この博覧会は「大博覧会The Great Exhibitio」とも呼ばれ、25カ国が参加しました。当時のビクトリア女王の夫君アルバート公の活躍で開催にこぎつけ、大変な評判になりました。以後、欧米で多くの万博が開催され各地で人気を博したようです。エジソンの蓄音機が世界に紹介されたり、パリのエッフェル塔もこのために建築されました。
この後1928年に前に紹介した「国際博覧会条約」が締結されました。同時にパリを本拠地に国際博覧会事務局が設置され現在の万博の形が正式に決定しました。各博覧会によって明確な「テーマ」が掲げられるようになったのもこの時からです。

日本が初めて国際博覧会に出展したのは、1867年(慶応3年)の第2回パリ万博からです。しかし、当時の日本は幕末の混乱期。日本の国家として正式に出展したのではなく、「徳川幕府」、「薩摩藩」、「鍋島藩」などがそれぞれ出展するという状況でした。「日本」として始めて公式に参加したのは、1878年のウィーン万博です。
当時の日本の展示館は法隆寺や宇治の平等院を模したものが建築され接待にも"ゲイシャ"が現れ人気を呼んでいました。
日本国内で万博を開こうという働きかけは戦前にもあったようです。紀元2600年を記念して1940年の開催に向けての準備が行われました。テーマは「東西文化の融合」。東京・横浜が会場になる予定でした。実際に入場券が発売される直前まで準備が進みましたが、第二次世界大戦の勃発とともに中止が決定されてしまいました。東京中央区にある勝鬨橋(かちどきばし)は、この幻の万博のために建設されたものです。  この後日本で初めて開催されたのが1970年の「大阪万博」。テーマは「人類の進歩と調和」。中年にさしかかっている方なら記憶にあるはずです。場所は大阪千里丘丘陵で総入場者数は6400万人で参加国は77カ国に及びました。
ちなみにこの時にシンボルタワーとして岡本太郎氏が作成した「太陽の塔」はなぜかテーマとは離れている縄文人をモチーフにしているそうです。期間中にはこの「太陽の塔」の目の中に男が進入し籠城するというような事件も発生しました。この塔は現在でも元の位置で見ることができます。
その後、沖縄海洋博(1975年)、つくば万博(1985年)、花と緑の万博(1990年)が順次開催されました。そして15年後の今年愛知万博〜愛・地球博〜(2005年)の開催を向かえることとなったのです。
この愛知万博〜愛・地球博〜のねたについては次回にゆずることにいたします。
”イカのおすし”をご存知ですか?
 近頃の世の中は本当に物騒になってしまいました。数々の信じられないような事件が起こり、子供達が安心して学び遊べる生活環境がどんどん失われています。以前、日本は世界一安全な国だと言われていました。しかし、現在の犯罪検挙率は20%台にまで落ち込み、安全な時代はすでに終わりを告げたようです。
そこで警視庁が全国の小学校へ生徒・保護者に向けて発表した、事件に巻き込まれないための指導法「イカのおすし」を紹介します。子供達だけでなく、大人も気をつける必要があります。

〜 こんな場所が危ない! 〜
・ 死角の多い駐車場 ・ 学校などの長い壁 ・ エレベーターの中
・ 公園内の暗がり ・ 若者達がたむろする階段  ・ 停車している車の近く
いか イカない   「どこに?」

らない  「なにに?」

お声を出す   「どうして?」

ぐ逃げる   「どうやって?」

らせる   「だれに?なにを?」
知らない人に誘われてもどこにも行かない。

悪い誘いや車に乗らない。

こわいな、イヤだなと思ったら「助けて〜」と大声を出そう。

こわい気持ちになったら人がいるほうに向かって逃げよう。

こわいこと、イヤなことがあったら、どんなことがあったのか、まわりの大人に伝えよう。
調理師免許
 ラーメン屋でもレストランでも、飲食店を開くためには「調理師免許」が必要だと思っている方が多いと思いますが、これは間違いです。
 「調理師」と名乗るためには免許が必要ですが、この免許がなければ飲食店を開いてはいけないという決まりはありません。
 飲食店を開くのに必要なのは、[食品衛生責任者講習修了書]です。これは都道府県が開く講習会に2日間参加すれば誰でも取得でき、次の日から店をオープンすることができます。 調理師免許は、調理師専門学校へ通い料理の実習以外に公衆衛生学などを学んだ後、取得できます。 ただし、調理師免許とは別に免許が必要な料理が、この時期美味しいふぐ料理です。
 第二次世界大戦後にふぐの中毒事故が多発したため、1949年に「ふぐ取扱業取締条例」ができました。その後、この免許を持った人でないとふぐを取り扱うことが出来なくなりました。 ふぐ料理店は、「ふぐ営業認証書(ふぐ包丁師免許)」を持った人がいないと店を開業する事ができません。またふぐ加工所(魚屋、仕出屋、スーパーマーケット、デパートなど)などの生のふぐを扱う場合も、免許を持った人がいなければなりません。
 余談ですが、ふぐが食べ始められたのは、なんと縄文時代だそうです。縄文時代の貝塚からふぐを食べている形跡が残っているのが見つかりました。貝塚の中には色々な魚の骨や貝殻があり、その中にふぐも入っていたそうです。  
 江戸時代には、あまりにふぐの中毒事故が多かったので、「ふぐ禁止令」が発令されました。これを破り、ふぐを食べ中毒死した場合は「お家断絶」という武士にとってとても重い厳罰が与えられました。 その後「ふぐ禁止令」が解かれたのは、明治にはいってからです。伊藤博文が下関に来た時、たまたま海がしけて魚が捕れず「下関には魚がいないのか?」と女将に皮肉を言ったそうです。そこで女将が禁止とされていたふぐを出したところ「こんなに美味しいものを食べない手はない」と、山口県の県令に命じて、禁止令を解いたそうです。しかし、この時代禁止令が解かれたのはこの山口県だけで、全国の地域でそれぞれ禁止令が解かれるようになったのは戦後になってからです。 このことから「ふぐは山口県下関」と言われるようになったそうです。
「アブサン」解禁!
 数あるお酒のなかでもアルコール度数が高くまた噂では幻覚症状がおこると言われ、幻のお酒とまで言われてきた「アブサン」がほぼ1世紀ぶりに発祥の地スイスで製造・販売が解禁になりました。
 
 この「アブサン」はニガヨモギを主とした香草や薬草をブレンドしたリキュール酒で、緑色をしていることから「緑の妖精」などと呼ばれていました。度数は60〜70度と非常に強く、薄めるために水で割ると白濁するのが特徴です。
 初めて製造されたのは18世紀初め。フランス人の医師が薬用に開発したそうです。その後スイスの酒造会社がお酒として売り出したのがお酒としての始まりです。
 19世紀初頭から大流行。世紀末には画家のピカソやロートレック、ゴッホ、詩人のランボーなど多くの芸術家にインスピレーションがえられると好まれ、絵画や詩のなかにも数多く登場しています。
 しかし、このアブサンを飲み過ぎた男が殺人事件を起こしたことをきっかけに、まずはベルギーで、ついでフランス、スイスでも製造販売が禁止されてしまいました。スペインの田舎で少量ながら製造された他は、よく似た主成分のアニスを使った類似品で我慢するしかなかったようです。
 たしかに度数の高いお酒だけに、大量に飲むとアルコール中毒になるし、身体には良くなかったでしょうね。
 アブサンの主成分であるニガヨモギに含まれる、「ツヨン」という物質が幻覚症状を起こすと分析されました。その結果、この成分に基準を設けることで近年各国で解禁になってきましたが、本家のスイスでも今月に入り議会の承認を得てやっと解禁になったようです。
 ちなみに永島新二さんのマンガ「あぶさん」の名前もこのお酒からきています。
 
 お花見の時期ももうすぐです。今年の花見は禁断のお酒で芸術家の気分を味わってみるのもいいかもしれませんね。”飲み助”の私としても非常に興味があるところです。 でも、くれぐれも飲み過ぎだけにはご注意をお願いいたします。
エープリルフール
 昔から4月1日は「エイプリルフール」と言って"嘘をついて人をだましても良い日(ただし、害がなければ)"と言われきました。
 この「エイプリルフール」の起源はなにでしょう。 
 16世紀中頃までのヨーロッパでは3月25日を新年とし、4月1日まで春の祭りを開催していました。しかし1564年にフランスの王様シャルル9世が1月1日を新年とする暦を採用しました。これに反発した人々が4月1日を「嘘の新年」として位置づけ、馬鹿騒ぎをするようになったのがエイプリルフールの始まりのひとつと言われています。

 この説以外にももともと古代の多くの祝祭には、ローマの冬至祭であるサトゥルナーリア祭のように愚行とだましの祝典が含まれていました。
 偽の王様を創ったり、主人と奴隷が入れ替わり馬鹿騒ぎをするお祭りも開かれていたようです。世界各地にはこのようにユーモアを取り込むお祭りがたくさんみられます。
 なにはともあれ、暗いニュースが後をたたない昨今。ユーモアのある嘘で心をなごませてみるのもいいかもしれませんね。
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